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ジョン・サイクス/大人のギタリスト講座4。

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タイガース・オブ・パンタン→シン・リジィホワイト・スネイク→ブルー・マーダーズ→シン・リジィ(現)。

この輝かしい来歴を誇るのが、“大人のギタリスト講座”シリーズ、四天王(80年代中期)のトリを飾るジョン・サイクスだ!

上記遍歴でも明らかだが、彼は1956年に英国レディングで生まれた生粋のイギリス人。
退屈しのぎでギターを始めた頃、テレビでゲイリー・ムーアを観て衝撃を受け、それがきっかけとなり結成したのがタイガース・オブ・パンタンである。

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カヴァー曲“ラブ・ポーション・ナンバー・ナイン”のアレンジが鮮烈で、当時日本でもそこそこウケた。僕は確か渋公か中野サンプラザで観たはずだが(間違っていたらごめん)、正直未だそれほどジョン・サイクスに興味がわかなかった。

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その後、シン・リジィのフィル・ライノットに見出された。
当時のシン・リジィはフィルのドラッグ問題で解散寸前にあったが、「凄い奴を見つけた、もう一枚だけアルバムを作ってツアーに出てから解散しよう」とフィルがメンバーを説得したとされる。そのアルバムこそ1983年『サンダー・アンド・ライトニング(Thunder and Lightning)』であり、僕が最初に聴いたシン・リジィのアルバムだ。
このアルバムはフィルの思惑どおり好セールスを記録し、ツアーの最終公演を納めた1983年『ライフ(LIFE)』はロック史上屈指の名盤とされている。
しかし、約束通りバンドは解散。
弟のように可愛がったジョンの才能を惜しんでの再結成の噂も流れたが1986年にフィルは他界してしまう……。

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ジョン・サイクスは冒頭でも書いたようにレスポールを愛用していた頃(コロシアムII)のゲイリー・ムーアを熱心にコピーしただけあり、ギブソン・レスポールならではの骨太なサウンドで、ブルージーかつスピード! スリル! アタック! の効いたマシンガンのようなギター・スタイルだ。だが、正確さも兼ね備えており、新世代らしくエディ・ヴァンヘイレンばりのライト・ハンドも難なくキメていた。
当時ハムバッカー・マウントのストラトやトリッキーなトレモロ・ユニット全盛だった中、彼は頑にレスポール・カスタム(ピック・アップはダーティー・フィンガーズ)+マーシャルないしメサ・ブギーのオーヴァー・ドライブ・サウンドに固執し、現在までそれは続いている。

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当時はヴァンヘイレン系(トリッキー)、もしくはアンガス・ヤング系(オーソドックス)に二分されていた感があり、そのため、シン・リジィ時代のジョンにも、未だ僕は特別な感情は抱かなかった。むろんアルバムは最高だったが。
※ジョン・サイクスのギアー詳細はここ!

さて、次にこのジョン・サイクスに眼をつけたのが、ホワイト・スネイクのデビッド・カヴァーディールであり、ジョンの一番輝かしい時代を築くことになる。
1984年『スライド・イット・イン』はプラチナ・ディスクを獲得し、西武球場のスーパー・ロック・イン・ジャパンに出演した。
この頃のホワイト・スネイクはコージー・パウエル(D)とニール・マーレイ(B)を有し、最強メンバーでゲフィン・レコードと契約し、アメリカ制覇を狙っていた時期である。
1987年『WHITESNAKE1987』を完成させるも、デビッド・カヴァーディールのワンマンによりバンドは解散状態、しかしアルバムだけは一人歩きし、全米2位、800万枚、全世界1000万枚の大ヒットとなる。※日本では『白蛇の紋章/サーペンス・アルバス』として発売された。

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そして、僕がジョン・サイクスというギタリストの才能に戦慄したのが、このアルバムでもある!
ホワイトスネイクには数々のギタリストが在籍しては去って行ったが、ジョンの“ヒア・アイ・ゴー・アゲイン”“クライング・イン・ザ・レイン”のギター・アレンジには脱帽した。
特筆すべきは、シングル・ヒットしたラブ・バラード“イズ・ディス・ラヴ”における作曲能力とサウンド・メイクで、もはや単なるハード・ロックの様式美を越えたポピュラー・ミュージックとしての高みに到達しており、そのシンプルで洗練され押さえの効いた“大人なギター・サウンド”に心底驚愕した。しかも、他の曲がシン・リジィ時代からのパワフルなギター・アレンジな分、尚のことそれが際立っている。“マシンガン・ギター”が十八番だとばかり思っていたので、大人でお洒落なフレージングを聴いたとき、この人の才能を再発見する気がしたものだ。
おそらく、ジョンがいなければ“イズ・ディス・ラヴ”はデビッド・カヴァーディールお得意の旧態依然としたブルージーなバラードにしか仕上がらなかったであろう。
※前述の通り、“イズ・ディス・ラヴ”のジョン・サイクス・バージョンはアルバム以外存在しない。下記リンク動画は映像だけエイドリアン・ヴァンデンバーグとヴィビアン・キャンベル、音はジョン・サイクスのもの。

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その後ジョン・サイクスは自らのバンド、ブルー・マーダーズが浮沈し、サイクスとしてバンド名を改め活動していた。
現在は、最終メンバーだったにも関わらずシン・リジィを後継しており、スコット・ゴーハムとともに“育ての親”であった偉大なるフィル・ライノットの曲を演奏し、継承し続けている。

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●タイガース・オブ・パンタン時代、Love Potion # 9(Live)

●シン・リジィ時代、Sun Goes Down(Live)

●1984年スーパー・ロック・イン・ジャパン、Don't Break My Heart Again

●ホワイトスネイク、Is This Love(PV)

●ブルー・マーダーズ時代、We All Fall Down(PV)

●2006年シン・リジィ、Don't Believe a Word



♪試聴はここ





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  1. 2007/02/09(金) 16:02:04|
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  4. | コメント:2
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コメント

ジョン・サイクスも燃える様なフレーズを弾きまくって
ましたね~。知り合いのギタリストにはサイクス好きが
結構いた様に思います。
しかし今聴いてもかなりの迫力です。
これだけ弾けたら楽しいだろうなあ(笑)
  1. 2007/02/11(日) 23:44:08 |
  2. URL |
  3. カブリエル #RDRaKwtQ
  4. [ 編集]

ガブリエルさん

>ジョン・サイクスも燃える様なフレーズを弾きまくって
ましたね~。知り合いのギタリストにはサイクス好きが結構いた様に思います。
しかし今聴いてもかなりの迫力です。
これだけ弾けたら楽しいだろうなあ(笑)

いえいえ、ガブリエルさんほど弾けるのも羨ましいですよ!(笑)
  1. 2007/02/13(火) 12:49:47 |
  2. URL |
  3. noodles2 #EpUBdlCE
  4. [ 編集]

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