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ザ・ビートルズ序章/大人になれないオヤジのロック56。

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何を今更!
以前書いたジミ・ヘンドリックスがロック・ギター史において必然の先駆だとしたら、現在のロックのみならずポピュラー・ミュージック全般への影響力をして、ビートルズ以上は存在しない。
ザ・ビートルズ(1962~1970)には、世界中にマニアが存在し、書籍他資料は膨大に出回っている。何を今更……。

僕は1966年の武道館来日公演のとき、10歳だった。だから当然そのときはビートルズなんて知らなかった。ただ日本におけるビートルズの影響下の“グループ・サウンズ(GSブーム)”は、当然知っていて、“勝ち抜きエレキ合戦”なるTV番組も熱心に観ていた。
“勝ち抜きエレキ合戦”は勝ち抜いたアマチュア・ギタリストが賞品にエレクトリック・ギターとギター・アンプを貰えるという番組だった。しかし、僕は同年から放映が始まったウルトラマンに夢中な子供でしかなかった。

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今もよく憶えているのだが、夏休みに13歳と16歳の従兄弟の家に海水浴で遊びに行ったとき、従兄弟達が二人で会話していた。
「ビートルズみたいな毛唐の長髪のバンドが、武道館で演奏するなんて考えられないよ」
「そうだよなあ、武道館が汚れるよなあ」
ってな従兄弟達のやりとりに10歳の僕は、「そうなのか、ビートルズって武道館を汚しに来るのか」と訳がわからず、うなづいていたのだ。

今や、ビートルズの曲はクラシックのようにデパートやスーパーのBGMに使われるし、オフィス電話の保留音にも流れるぐらいだ!
そして、世界中にビートルズのリスペクターと呼ばれるミュージシャンが存在する。
70年のT.レックス、ベイ・シティ・ローラーズ、80年代後半のブロス、そして90年代のオアシスも“第二のビートルズ”として賞賛されてきた。それは世界がいかにビートルズというビッグ・バンドの解散を惜しんでいたか、再びビートルズのようなバンドの登場を渇望していたかを物語っている。
日本でも古くはチューリップ、最近ではミスター・チルドレン、奥田民生などビートルズが好きでたまらないミュージシャンは後を絶たない。
団塊ジュニアやその子供達はビートルズを環境音楽として体感してきた世代だといえる。知らなくても親が聴いているし、あらゆる場面でビートルズが流れている環境に育った若者がバンドを組んで、曲を書けば無意識下でビートルズ的な臭いを出してしまうのは必然である。
それだけ圧倒的な影響力を誇るアーティストは、アートではピカソ、エンターティンメントではウォルト・ディズニー、日本のマンガ界では手塚治虫が匹敵する、と僕は思っている。

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ザ・ビートルズは新しい時代を構築するべく、時代が生んだ必然であり、ビートルズの4人はその重責に生涯押しつぶされながらそれぞれの人生をひた走った。
ボブ・ディランやボブ・マーレー、 レッド・ツェッペリンの伝記で有名なライター、スティーブン・デイヴィスが今年ビートルズの伝記を発表した。残念ながら世界10カ国以上で翻訳本が刊行されたようだが、日本語版の出版は決まっていないそうだ。生前のジョージやポール、ビートルズゆかりの人々に膨大な取材をして書かれたもので、その中でジョンとポールの確執について書かれてあるそうだ。
僕の認識では、ホワイト・アルバム録音のあたりからジョンがオノ・ヨーコとスタジオに入るようになり、ポールとの確執に繋がったと思っていた。
しかし、解散後もジョンとポールは仲が良く、互いの自宅によく自作を持ち込んでフレーズやアレンジのアドバイスをしていたという。ジョンにはポールが必要だったし、ポールもまた然りだったのだ。
ビートルズの後期にはプライドが高くシャイなジョンは、直接ポールに意見を聞けない。
そのためにジョンはオノ・ヨーコさんにポールとのコミュニケーションの代役を望んだのだそうだ。決してオノ・ヨーコはジョンとポールの確執を作ったのではないというのが真相である。

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ジョン、ポール、ジョージ、リンゴ、それぞれに解散後も活躍したし名作を世に送り出した。
だが、やはり4人はビートルズとしてこそ光り輝いていた。
4人でザ・ビートルズだったのだ。


※クリスマスの夜に、お宝ビートルズ! もう泣いちゃうよ……。

●Free as a bird

●62年、キャバーンクラブ・ライブ

●63年、 She loves you

●Help!

●A day in the life

●Yesterday/66年武道館


●Hello Goobye

●Hey Jude

●70年、Let it be

●Something






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  1. 2006/12/25(月) 19:39:07|
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キース・リチャーズ/大人になれないオヤジのロック55。

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世界中のロックン・ローラーは全てキースになりたいはずである……。

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それほどワイルドでダーティーな“本物の不良”であり、キースほどロックという言葉が似合う男はそういないはず、だからこそ彼をお手本としてロッカー像を描き、夢を追う。

今でこそ、当たり前になったがジャック・ダニエルのボトルを片手にギターを抱いているキースのグラビアを観て、こんなイカれたロッカーになりたくなんかない! なんて思った奴はいないはずだ。大体そんな“お利口さん”はロックなんか聴かないし、ロック雑誌なんか買わないしね。
黒人のR&Bから派生したロックは、当然“反骨”の音楽であり、人はその生い立ち、境遇など様々な事象に対する不満を表現する術としてロックに走る。
例えば、ボブ・マーレイはR&B(反骨)をラスタファリズムにおいて、レゲエという手段に進化させた。
“反骨”こそが、何かを正したり新しいものへ進化させるパワーの根源なのである。その理屈を肌で感じるセンスを持ち合わせた人が、無条件でロックを受け入れてしまうのだ。

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そんなわけで、キースに憧れる人は多い。
近頃話題の『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジョニー・デップは、その役作りをキースのイメージで演じたという。
そして、次回『パイレーツ・オブ・カリビアン3』では、ジョニー・デップのラブ・コールにより、キース・リチャーズがデップの父親役で出演することが決定しているそうだ。

今回はネットで見つけたキース・リチャーズ(1943年12月18日生)の“あんまり”な発言集! しかし、暴言の裏にそれなりの含蓄がある!!



K.「人間、一皮剥けばみんな髑髏だ」

Q.ビル・ワイマンについて?
K.「バカヤロー…このバンド辞めていいのは棺桶入った時だけなんだよ」
K.「戻ってくるなら、葬儀委員長だろうな」

Q.戦争について?
K.「何百年も前にどっかの誰かが引いた線なんて、時代遅れもいいところじゃないか」

K.「お前ら全員の墓碑銘は俺が刻んでやるよ!」

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K.「一晩二晩は世界最強のロックンロール・バンドって言ってもらっていいけど、毎晩毎晩違うのが最高のロックンロール・バンドなんだ。波があるに決まってるんだ。そうじゃないと味気ない、ただの直線だよ。心電図みたいなもんで、直線だっていうのはつまり死んでるって事なんだよ、ベイビー」

K.「相手の頭をブン殴るには、やっぱりギブソンよりフェンダーなんだよな。完璧だぜ、あれは。テレキャスのカーブほど首筋にピッタシはまるもんは無いって!」

K.「お前、言っとくけどな、今はベイビー・フェイスだろうがミックと一緒にスタジオに入ったが最後、出てきた時は俺みたいなファック・フェイスになってること請け合いだ!」

Q.今時の早弾きギタリストについて?
K.「早弾きよりコードをもっと覚えたらどうなんだ、基礎をやれ基礎を。西部一の早撃ちガンマンは誰だっていう世界じゃないんだからよ。ガンマンってのはたいていが若死にするもんだ。」

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Q.ドラッグについて?
K.「アレのおかげで常にドブ板に足が挟まった状態だった。つまりアレのおかげで、俺は人生について多くの事を学んだし、あれが俺の社会教室だったといえるんだ。」
K.「俺はスーパースターなんかになっちゃって、いつもチヤホヤされて、俺の心の中のどこかじゃそれがたまらなく嫌で、アレは俺なりの身の隠し方だったんだ」

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K.「実は俺って、税関を通らないんだよ。到着すると警察が先導してくれて「これに署名してくれませんか?」って言うんだよ。」
K.「血の入れ替えはさすがにした事はない、ドラッグ治療の為にスイスの病院に行く時、ロンドンの空港でやかましい記者連中が「どこに行くんですか?」って訊いてくるから「スイスに血を入れ替えに行く」ってやりとりしたら、その会話がそのまま定説化しちゃったんだ。」

Q.世界で最後に生き残るのは…なんと言われているか知ってますか?
K.「ゴキブリと俺だろ! 気を付けろ、ゴキブリ! 俺に食われるぞ!」
K.「ここまで生き残るはずだったって事を、俺は実は昔からこれっぽっちも疑った事がなかったんだぜ。少なくとも2020年までは生きてやるつもりなんだからな!」
K.「ついこの前俺の親父が死んだんだけど、死ぬ間際に俺に片目をつぶってみせてね。それでなんだか、今はもう、死ぬって事に前ほどびびらなくなったよ。あのウインクが効いたんだ。」

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Q.ミック・ジャガーについて?
K.「ミックは生涯の友達だよ、俺のパートナーさ、ミックとは結婚を越えた間柄だよ。」
K.「みんなミックの事を精力絶倫みたいに思ってるだろうけど、徹夜明けのミックを見てみろよ、みじめなもんだぜ。」

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※有名な“血の入れ替え”について、否定発言しているが、周囲では“真実”だと証言する人も多いといわれる。

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最後にギタリスト、ジム・バーバーの弁。
「僕がキースに最初のギターチェンジをした時、ワイヤレスシステムがややこしくって、あたふた焦っちゃってさ、するとキースが僕の肩に腕をまわしてこう言ってくれたんだ、
「Don't worry .kid, It's only rock'n roll」
心配すんなよ坊主、ただのロックンロールだ! ってね」

●Wicked as it seems(PV)

●チャック・ベリーとの口論!

●チャック・ベリーVS.キース!(Live)

●メモリアル、キース!Walking the dog

●ロン・ウッドVS.キース!

●Make me rum(Live)







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  1. 2006/12/21(木) 14:11:30|
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ザ・ローリング・ストーンズ/大人になれないオヤジのロック54。

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ストーンズ(1962年~)はアルバム数、活動歴ともに巨大過ぎる!
関係資料も豊富であり、今更何を書くというのか?

ところで、世にはストーンズ・マニアといわれる方がいて、これが最後の来日だ! と宣言しながらもちょこちょこ来日するストーンズ公演に熱心に通う方も多い。僕の友人にもマニアがいる。彼と話しているとストーンズは神と同様である。既に還暦を越えたストーンズのアルバムが、いくらマンネリだろうと新譜は必ず買う。日本で自他ともにマニアを自称するシーナ・アンド・ロケッツの鮎川誠さんなんかもオフシャル・ファン・クラブの会員だそうで、暇さえあればHPを閲覧し、常に最新ニュースをチェックしているという。 
日本でいえば矢沢永吉マニアに匹敵する……。

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かくいう僕はそこまでのマニアではないが、好きなバンドであることはある。僕が小学生のとき、よくビートルズとストーンズを比較して、ちょっと“不良なのがストーンズ”というカテゴライズをしていた。ビートルズは“まとも”って認識である。このイメージは実は戦略的に作られたものであった。
先にデビューしていたビートルズのメンバーが、未だアマチュア・バンドのストーンズのステージを観て、気に入り、意気投合して朝まで語りあったそうだ。
で、ビートルズのメンバーはマネージャーのブライアン・エプスタインの部下であるアンドリュー・ルーグ・オールダムに「凄いバンドがいる」と進言し、オールダムは結果ストーンズのマネージャーとなる。オールダムはストーンズのデビューに際し、徹底してビートルズとは逆のビジュアル・イメージを作り上げたそうだ。
かたや、エプスタインはリバプールの不良だったビートルズにお揃いのスーツを着せ、綺麗にカットされたマッシュルーム・カットを義務付けたが、オールダムは普段着のようなメンバー不統一なファッションと伸ばし放題のヘア・スタイルで対抗したのである。
ブライアン・エプスタインと、その部下によりロック史上最大の二つのバンド・イメージが演出されたわけである。音楽面も含め、このことは以後のロックに多大な影響を与えたことは否めない。
因みにデビュー前にレコード会社にストーンズを推薦したのは、ジョージ・ハリスンである。
そして、60年代後半からは皮肉なことにそれは実際ストーンズのメンバー自身にも影響し、たび重なる麻薬所持による逮捕、裁判など名実共に“不良のストーンズ”となるのである。

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ビートルズから入った僕は、ストーンズはかなり遅れて聴いた。
初めて買ったアルバムは73年『山羊の頭のスープ(Goats Head Soup)』である。その頃は既にツェッペリンパープルはおろかプログレまで聴いていたが、充分にインパクトがあった。まず、アルバム・内ジャケットの“山羊の頭のスープ”写真でぶっ飛んだし、レゲエやソウルのテイストがロックとして消化された本作は衝撃的だった。いうまでもなく“悲しみのアンジー”は大ヒットした。
今、1964年デビュー・アルバム『ザ・ローリング・ストーンズ』、71年『スティッキー・フィンガーズ(Sticky Fingers)』を聴いているが、デビューからほぼ10年後の『山羊の頭のスープ(Goats Head Soup)』へ至るサウンド遍歴は、決してストーンズがクラシック・ロックではなく、時代とともに変幻してきた創造的なバンドであることを、今なお活動することからも痛感する。

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キースが自らの麻薬との決別のために、全身の血を入れ替えたとか、その戒めに手錠を模したブレスレットとドクロの指輪をはめているとか、ミックは今や実業家でありストーンズ・カンパニーの代表であるとか、一切のアルコールと決別し、ミネラル・ウォーターでジョギングばかりしているとか、武勇伝・伝説にいとまがない。
しかし、90年の東京ドームで、ステージ上を縦横無尽に駆け回る当時47歳のミックを観たとき、
この人は本物のプロだ! 本当にこのためにジョギングしてるんだ!!
僕も最初からストーンズを聴いていたら、ザ・ローリング・ストーンズを神と崇めていたのかも知れない、と心底そう思った。


●I just want to make love to you(1964 TV Show)

●Satisfaction(1965 TV Live)

●ビートルズVS.ストーンズ!

●レノンVS.ミック!

●Honky Tonk Women(1969 PV)

●Jumpin jack flash(1969 Live)

●Brown Sugar(Live montage)

●Angie(Live)

●ストーンズVS.AC/DC!(アンガス・ヤングが~~)


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  1. 2006/12/19(火) 17:21:02|
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Y&T/大人になれないオヤジのロック53。

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さて、前回までの70年代から一気に80年代にバック・トゥー・ザ・フューチャー!!

Y&Tは、1973年にLAでデイブ・メニケッティ(G&V)とフィル・ケネモア(B&V)、レナード・ヘイズ(D)、ジョン・ナイマン(SG)が中心となり結成。後にサイド・ギターがオーディションにて選出されたジョーイ・エルビスに代わり結成されたYesterday & Todayが前身のバンド。
76年と78年にYesterday & Todayとして2枚のアルバムを発表し、キッス、ボストン、モントローズ、AC/DC、クイーン、ブルー・オイスター・カルト、エアロスミスなどのオープニング・アクトを努め認知されていく。
世界的なHMブームに乗り、1981年にA&Mレコードとの契約の際、バンド名をY&Tと改めメジャー・デビュー。
以後、
・81年『アース・シェイカー(Eathshaker)』
・82年『ブラック・タイガー(Black Tiger)』
・83年『ミーン・ストリーク(Mean Streak)』
・84年『イン・ロック・ウイ・トラスト(In Rock We Trust)』
まで、僕は聴いていた。残念ながらこの5枚はアルバムで所有しているため、今は91年に発表された『Yesterday & Today LIVE』CD盤を聴きながら書いている。

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日本での認知度がどの程度なのか知らないが、僕が大好きなバンドの一つである!
82年にベイエリア・ミュージック・アワードで“最も熱いクラブ・バンド”に選出され、さらにジャーニーのニール・ショーン、サンタナに並びデイブ・メニケッティがベスト・ギタリストの候補になった。 そして、83年には見事ベスト・ギタリストに選出されている。
Y&TはLAメタル勢とは一線を画し、メロディアスかつハードでありながら、バラードにも名曲が多く、デイブ・メニケッティの鳴きのギターは必聴である。また、レナード・ヘイズのドラミングは彼のキャラクターも手伝い、当時ツェッペリンのボンゾの再来と賞賛された。

僕が特に思い出深いのはファースト・アルバム『アース・シェイカー(Eathshaker)』中の“レスキュー・ミー”のギター・イントロが“鳴き”の極地で、当時必死でコピーしたものだ。
また、82年『ブラック・タイガー(Black Tiger)』発表後に10日間来日ツアーがあり、初めて彼等が観た“極東の日いずる国”をヒントに“ミッドナイト・イン・トウキョウ”という名曲をサード・アルバム『ミーン・ストリーク(Mean Streak)』に収録した。
新宿をイメージした“眠らない街、東京”を切なく歌ったこの曲は当然日本でシングル・カットされたが、メンバーの期待を裏切り全くヒットしなかった。
「僕達は日本のファンのために最高のプレゼントをしたのに、日本は僕らに何もプレゼントしてくれなかった……」
と、後年デイブ・メニケッティがBURRN!誌の独占インタビューで嘆いていたが、実際この名曲は日本よりもアメリカでウケるらしく、今も盛んに向こうで演奏されているようだ。
英米ではそれなりの成功を納めたにもかかわらず、日本でブレイクしなかったのが惜しいバンドの一つである。その要因の一つに彼等のルックスが挙げられるかも知れないが、曲やサウンドの善し悪しで判断すべきで、当時HMブームが飽和状態にあり、ミーハーなファンが横行していたことは否めない。

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Y&Tは85年に解散するが、91年に再び活動を再開、昨年もアルバムを発表している。現在もソロ活動と平行しデイブ・メニケッティが中心となりY&Tは継続中である。
下に直リン動画を貼った『サマータイム・ガール』あたりから、妙に“産業ロック”志向の強い曲調、アレンジになっており、コアなメタル・ファンが離れた原因も挙げられるが、その辺りのサウンド志向の変化がバンドの分裂に繋がったのかも知れない。

僕としては『アース・シェイカー(Eathshaker)』、『ブラック・タイガー(Black Tiger)』が秀逸だと思う。未だ聴いたことがないなら、是非お薦めしたい。

※今回、バンドの来歴を書くにあたりWikipedeaにも資料がなく、10年来ご自身のHPで熱列にY&Tを支援なさっているふるくまさんのHPリンクから、海外のファンサイトへ飛び必死で翻訳して書かせていただいたことをここに記しておきます。
改めて、ふるくまさんに感謝!


●Rescue Me(Live)

●Forever(Live)

●Mean Streak(Live)

●Summertime Girls(PV)

●2002年デイブ・メニケッティ・ソロ I remember(PV)













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  1. 2006/12/15(金) 12:00:00|
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エリック・クラプトン/大人になれないオヤジのロック52。

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僕が聴いてきた70年代~80年代ロック・レビューとはいえ、なかなか書けないアーティストがある。
・ビートルズ
・ローリング・ストーンズ
・ボブ・ディラン
・クリーム
・フー
・エアロスミス
これらは、あまりにも巨大なアーティストで、アルバム数も膨大であり、どこからどう書いていいものやら! なのである……。
そうなると僕が好きなアルバムに特化して書くより他、手だてがありません。
ってなわけで、今回はクリーム! といきたいところだが残念ながらLP盤しか所持していないため今聴けない!!
じゃ、クラプトンに特化する? これもアルバム数が多過ぎる。
ってことで(言い訳が長い!)、ガツンと絞って『いとしのレイラ』あたりでいきます。

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『いとしのレイラ(Laila)』は1970年に、クリーム解散後エリック・クラプトンが唯一“デレク・アンド・ザ・ドミノス”というバンド名で発表したアルバム。
御存知とは思うが、表題曲“レイラ”は大親友であるビートルズのジョージ・ハリスンの奥様で元モデルのパティ・ボイドに恋したクラプトンの悩めるラブソングであり、ロック史上最も重要な名曲である。
まず、この曲の素敵なところは有名なイントロのリフ、チャラ、ララララ、ラ~ン♪である。
字面で見ると訳がわからないが、当時僕らはこう口ずさんでいたのだからしょうがない。
つい最近も三菱自動車のCMにも使われていた。これは車の購入ターゲットが僕の世代だってことだね。
話を戻すが、さらにこの曲がカッコいいのは後半のピアノで始まるエンディングである。
それまでの“動”から“静”への移行。
これは不倫に悩むクラプトンの“悪足掻き”から“楽天的な、恋の将来性への安堵”への移行ともいいかえられるが……。

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それにしても後年、ジョージ・ハリスンはレイラことパティ・ボイドと離婚し、クラプトンに譲ったんですよ!
なんという“大人な友情”なんだろう。
ジョージが大人なのか、クラプトンの情熱がオコチャマなのか?
考えてみてほしい。当時押しも押されぬビートルズのジョージの女房ですよ。
そのポジションを捨て置いてまで、クラプトンとの愛に走ったわけですよ!
いや、勿論不倫なんだけど……。
しかも当時のクラプトンはドラッグ浸けのラリラリ野郎だったんですよ!!
パティ・ボイドさんも悩み抜いたでしょうけど、女冥利につきるというものだ。
少なくとも僕が女性なら間違えなくそう思うはずだ。
まあ、実のところはパティ・ボイドが最初に色目を使ったようだが。
その頃、ジョージはビートルズ解散後ソロとして『オール・シング・マスト・パス』の録音に明け暮れていたわけで、寂しい日々を送っていたのかも知れないが……。
だが、男の立場でならどうだろう?
貴方はジョージ派ですか?
クラプトン・タイプですか?
僕なら、“理想”はクラプトンです!(あくまで理想ですからね)

※因みにジョージの“サムシング”“ワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス”はパティ・ボイドへ捧げた曲である。そして、クラプトンとボイドはめでたく結婚するが、ドラッグ浸けのクラプトンの暴力が原因で離婚した……。
その頃の辛い経験から、今クラプトンは自らが基金する“クロス・ロード”という薬物汚染救済機関のため、所蔵ギターをオークションにかけたりしている。

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ところで、最後にWikipediaにも書かれていないクラプトン秘話を。
親日家として、よくお忍びで来日し、格闘技PRIDEを観戦したり豚カツ食ったり、レッド・ウィング・マニアでいつも大人買いするのは有名な話だ。
で、そんなときの日本でのコーディネイター役は、なんとあの裏原宿のカリスマ、藤原ヒロシです! 知ってた?


●ジミー・ペイジ、マーク・ノップラー、ジェフ・ベック、ストーンズ他とのLayla!(Live)

●Layla(MTV Unplugged)

●正にクラプトンの歴史!



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  1. 2006/12/13(水) 17:00:00|
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EL&P/大人になれないオヤジのロック51。

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「キング・クリムゾンよりウケるバンド」を目指し、『クリムゾン・キングの宮殿』でベース&ヴォーカルを担当したグレッグ・レイクが、“ザ・ナイス”のキース・エマーソン(K)と1969年に出逢い意気投合。後に“アトミック・ルースター”のカール・パーマー(D)が加わり1970年に結成されたロック史上重要なイギリスのプログレ・バンド。
当時キング・クリムゾンがアメリカであまりウケなかったことから、グレッグ・レイクが発奮したそうで、ギター不在のキーボード主体のトリオである。
実は当初ギターにあのジミ・ヘンと、彼のバンドのドラマー、ミッチー・ミッチェルを迎え入れようとしたが、一蹴されたエピソードを持つ。

1970年のデビュー・アルバム『エマーソン・レイク&パーマー(EMERSON,LAKE AND PALMER)』は既にスーパー・スターであったメンバー3人のセッション的なニュアンスが強く、いわゆるプログレ特有の多重録音はあまり駆使せず、キース・エマーソンのクラシックもどきなピアノ演奏が主体。
むしろ71年のセカンド・アルバム『タルカス(TARKUS)』から、EL&Pサウンドが炸裂する。
僕は71年『展覧会の絵(PICTURES AT AN EXHIBITION』、72年ライブ盤『トリロジー(TRILOGY)』、73年『恐怖の頭脳改革(BRAIN SALADAD SURGERY)』まで聴いていた。
因みにこの5作をしてバンドの前期と区分され、事実上バンドの絶頂期であったとされる。
73年には自らのレーベル“マンティコア”を設立し、PFMが同レーベルからデビューした。『タルカス(TARKUS)』を聴くと、PFMが非常にEL&Pのサウンドと類似していることがわかる。

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有名なライブ盤『展覧会の絵(PICTURES AT AN EXHIBITION』で御存知と思うが、キース・エマーソンのキーボード・プレイはギタリスト不在のステージ上で、派手なアクションやキーボード上にナイフを突き立てるなど“オルガンのジミ・ヘン”の異名をとった。
特筆すべきはグレッグ・レイク、全てのアルバムのプロデュースも手がけ、ギター不在の中で自らギターを兼任したり、8弦ベースの使用などでギター不在の隙間をカバーした。
また、カール・パーマーのドラミングは今聴いても壮絶である。やはり『展覧会の絵(PICTURES AT AN EXHIBITION』では、ライブ盤であるにもかかわらずそのテクニックに圧倒される。前述通り、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのドラマーの代役として抜擢されただけのことはある。

EL&Pといえば僕が中学の頃、一番豪華なステレオ・セットとリスニング・ルームも持つ友人宅に上がり込み、よく巨大なスピーカーの前に鎮座して聴いたバンドだ。ピンク・フロイド他、よく同様な聴き方をした。

そんな中で僕にとってはギターなしのロック・バンドでは唯一のバンドである。
そんなことを思い出していて今気がついた。
だから、ギターが好きな僕はEL&Pよりもピンク・フロイドに傾倒するのかも知れない……。

●The Barbarian(Live)

●“オルガンのジミ・ヘン”キース・エマーソン!

●Take a Pebble(Live)

●Karn Evil 9(スタジオ・リハーサル)

●カール・パーマー、ドラム・ソロ!(Live)



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  1. 2006/12/12(火) 12:53:17|
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20世紀少年/(祝50回記念!番外編)大人になれないオヤジのマンガ。

このブログは本日記念すべき、50回目を迎えました!
記念すべき50回目は閑話休題ってわけでもないが、僕が最も“ロックな漫画”であると賞賛し続けているマンガの話です。
済みません、外すのが好きなもんで。ひねくれ者です。

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ーー『20世紀少年』浦沢直樹Vol.22正義の始まりーー
前巻Vol.21から実に10ヶ月ぶりの新巻である。
※過去のレビューはここと、ここここで。

忘れもしないこのマンガの始まりは、
主人公である小学生のケンヂが校内放送を使って、T.REXの“Twentieth Century Boys”を流すところからスタートした……。

時代背景は1965年代の日本。全く、僕の子供時代とダブっている。
その頃、僕も小学校の放課後の音楽室に忍び込み、豪華なステレオ・セットでビートルズを聴いていたのだ。しかも中学では下校時、プロコル・ハルムの“蒼い影”が校内放送で流れていた。
だから昼だろうが夜だろうが、今でも“蒼い影”を聴くと、「はやく、家に帰らなくちゃ!」と思うのだ。
脱線したが、当時僕らの世代におけるロックという価値観は、その価値に気づいた者には宝物であり、そうでない者には異端の文化であり、だからこそ、その宝物を仲間と共有したいという願望。今もその願望の延長でこのブログを書き続けている。
そんな訳で、『20世紀少年』には無条件で“飛んで火に入る”状態でハマってしまった。

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また、主人公ケンヂは友達と秘密基地を作る……。
これも同じで、僕も秘密基地を持っていた。そこで三々五々集まる友達と色々な秘め事を通じて大人びていくのである。カエルの尻に2B弾を突っ込んで破裂させたり、とかね。

やがてケンヂはロックに憧れバンド少年となるが、社会人としての自覚過程でその夢は鎮火する……。
ご多分に漏れず、僕の頃もバンドが最も女の子にアピールする最上手段だったことはいうまでもない!(今もそれは変わらないか?) でも今、僕もやはりミュージシャンではなく、こんなブログを書いている。
何度もいうが、『20世紀少年』のストーリーは極めて荒唐無稽である。しかしそれはマンガとしての必然でもある。

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物語は紆余曲折を経て“ともだち”という○○学会を模したような新興宗教団体の乱心、暴挙を阻止すべく、ケンヂがふたたびギターをかかえ、歌で同士に呼びかけ、戦いへと進化させる……。
これも小林旭の“ギターを持った渡り鳥シリーズ”やウッドストック・コンサートといったメッセージの方法論と類似する。因みにケンヂが“ともだち”の独裁下で虐げられ怯える大衆を歓喜させる歌とは、

日が暮れて どこからか
カレーの匂いがしてる

どれだけ歩いたら 家にたどりつけるかな

僕のお気に入りの 肉屋のコロッケは
いつもどおりの味で 待っててくれるかな

地球の上に夜が来る
僕は今 家路を急いでる

来年のことを言うと 鬼が笑うっていうなら
笑いたいだけ 笑わせとけばいい

僕は言い続けるよ 5年先10年先のことを
50年後もこうして キミといるだろうと

地球の上に夜が来る
僕は今 家路を急いでる

雨が降っても 嵐が来ても
やりが降ろうとも みんな家に帰ろう

邪魔させない 誰にも止める権利はない

地球の上に夜が来る
僕は今 家路を急いでる

世界中に夜が来る
世界中が家路を急ぐ

こんな毎日が キミのまわりで
ずっと ずっと 続きますように

グータララ~~~~♪
スーダララ~~~~♪

大体、こんな歌である。
遠藤賢司の“カレーライス”“満足できるかな”の匂いがするし、当然サビは植木等の“スーダラ節”なのだ。
そしてなんと、今回のVol.22では“ウッドストック・コンサート”や、CCRがキーワードとなる。

物語はいよいよ佳境へと突入。
乱心した“ともだち”が、今正に最終ボタンを押そうとするそのとき……。

「知ってる? CCRってな、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの略なんだぜ!!」
なんて場面が繰り広げられる。

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『20世紀少年』は徹底して70年代のロックや、時代背景を通して“正義”のありようを問いかける。60~70年代とはベトナム戦争下における反体制が一般化し、詩、音楽、アートなどの文化が初めて社会批判のための“血を流さない武器”として転化された時代である。だから、あの時代のロックが今も圧倒的な影響力を持ってメッセージしてくるのだ!

どうですか?
ここまで読んだ、ロック大好きな貴方!
『20世紀少年』。
読んでみたくなったでしょう??
読むっきゃないでしょ?







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  1. 2006/12/08(金) 18:00:00|
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バッド・カンパニー/大人になれないオヤジのロック49。

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さて、比較的新しいアーティストが続いたので、ここらでまた一気にタイム・スリップ!

バッド・カンパニーは1973年に元フリーのポール・ロジャース(V)と元モット・ザ・フープルのミック・ラルフス(G)、ポールの盟友であるやはり元フリーのサイモン・カーク(D)、元キング・クリムゾン(第3期)のボズ・バレル(B)により結成されたイギリスのHRバンドである。
74年のデビュー・アルバム『バッド・カンパニー(Bad Company)』はツェッペリンが設立したレコード会社“スワン・ソング”から発売され、当時いわゆる鳴りもの入りで多いに注目された。そのかいあってか、アルバムは全米一位、売り上げでは全世界で1200万枚以上のセールスを記録する。
82年まで6枚のアルバムを発表するが、ビッグ・バンドになってしまった重責から解放されたいがごとく、ポール・ロジャースが脱退。残るメンバーは引き続きバッド・カンパニーとして“産業ロック色”を押し出し活動。
脱退したポールはジミー・ペイジとザ・ファームを結成。
99年にはオリジナル・メンバーでのバッド・カンパニーが復活するが、2001年で実質活動を停止した。

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ポール・ロジャースの古巣であるフリーなど、70年代中期のHRを鑑みると、当時バッド・カンパニーは聴きやすく、メローでコマーシャルな音だった。
ブルージーで荒削りな音だったフリー、マウンテンなどに比べ今流にいうとポップ路線だったのだ。そして、我々日本人には“歌謡路線”に感じた。
実際、74年に日本の刑事物の連ドラ『夜明けの刑事』の主題歌をバッド・カンパニーが担当したりもしている(確かポールの奥さんが日本人であり、番組プロデューサーと懇意だった)。
つまり、未だR&Bの臭いを残していたHRをより大衆化したバンドがバッド・カンパニーであり、ポップ・ロックという大衆ロックに進化させた“産業ロック”の原点だったといえる。

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ポール・ロジャースが脱退した82年といえば、アイアン・メイデンメタリカが既に存在し、翌年にはボン・ジョヴィが登場する時代背景である。モトリー・クルーラットなどのLAメタルも活性し始める頃だ。
さすがにその頃になると、バッド・カンパニーは“オールド・バンド”でしかない。
古いのだ。大いなるマンネリという常套句で受け入れる保守派と、揶揄する解放派に、リスナーが二分されることは否めない。その臭いを一番敏感に感じ取ったのはいうまでもない、誰あろうポール・ロジャース本人だったはずだ。
そう考えれば82年のポールの脱退、バッド・カンパニー崩壊は時代の必然だったのではないだろうか。

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バッド・カンパニーが登場した1974年とは、インドが初の核実験を行い、『宇宙戦艦ヤマト』放映開始、長島茂雄が現役を引退し巨人の監督に就任。セブンイレブン一号店開店。『ノストラダムスの大予言』がベスト・セラー。殿様キングス『なみだの』が大ヒットした。
何かと日本人が涙もろくなっていた時期だ。
今、74年『バッド・カンパニー(Bad Company)』を聴きながら書いているが、さすがに古い。
同時期にデビューしたUFOの『現象(Phenomenon)』のように、17歳のマイケル・シェンカーというきらびやかなスターも存在しない、地味~な音である。
だが、“大いなるマンネリ”の安心感がそこはかとなく漂っているのは確かだ。
ある意味、ポール・ロジャースの“こぶし”は演歌である。

日頃、満員電車に揉まれながらも立ち食い蕎麦を流し込み、ガツガツと前向きに日本経済のパーツと化し、働き続けた団塊の世代達……。
あえていおう!
企業戦士が場末のロック・バーでバーボンを飲りながら、その一時だけ“ロック小僧”に帰るためにバッド・カンパニーは、今も存在する。

●Rock Steady(Live)

●Ready for love(Live)

●Feel like making Love(Live)

●カラオケ用Alright Now!

●Bad Company(99Live)


※今日の拾い物画像で、ポールとツーショットのアーティスト、全部わかるかな?



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  1. 2006/12/07(木) 18:04:50|
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レニー・クラヴィッツ/大人になれないオヤジのロック48。

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ガンズメタリカ、とパワフルなアーティストが続いたので、ちょっと力を抜いて。

レニー・クラヴィッツ(1964年5月26日生)、ニューヨークでロシアユダヤ系の父とバハマ系の母との間に生まれた。この混血具合を見ても、ギター・スタイルをとっても間違いなく自他ともに認める“ジミ・ヘン”リスペクターである。そしてやはり混血が類似するボブ・マーレーの信望者でもある。そこにさらにジョン・レノンの影響も加わる。
それら全てを“大好き!”と公言して80年代後半、シーンに登場した。
余談ではあるが、レニーはフェア・ファックス高校を卒業しているそうだ。同行の卒業生にはかの有名プロデューサーであるフィル・スペクター、ガンズのスラッシュ、レッチリのアンソニーとマイケルがいる。

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白人と黒人の混血はアメリカにおいては、“黒人”としてカテゴライズされるそうで、その黒人がソウル、ファンクではなくロックでシーンに浮上するのはかなり困難だとされる。以前も書いたがジミ・ヘンもイギリスに渡ったからこそ認められた。
元はといえば白人が、黒人のR&Bをパクったロックなのに、黒人のロックを認めないという土壌はいかにも階級社会のアメリカらしいといえばいえる。

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さて、僕が最も聴いたレニー・クラヴィッツのアルバムは1993年『自由への疾走(ARE YOU GONNA GO MY WAY』だ。
当時、表題曲である“ARE YOU GONNA GO MY WAY”が大ヒットし、あらゆるメディアでヘヴィ・ローテーションされていた。お馴染みのあのギター・リフを聴いたとき思わずニンマリしたものだ。
「おっ、ジミ・ヘンだ!」
そしてアルバムを入手して、ちょっと驚いた。ジミ・ヘンばりにフェンダー・マニアかと思いきやギブソン・フリークではないか!
しかも2曲目“ビリーヴ”から6曲目“愛ある日々を”までを聴いてさらに驚いた。
「むむ、こいつは……」
何とも21世紀型に昇華された“ツェッペリン大好き!”が展開されていたからだ。
21世紀型と表現したが、レニー・クラヴィッツのロックはあまりにお洒落だ。ロックが好きで好きでたまらない! って感じを新人類が料理するとこんな音になりました~、ってなもんである。
日本のLOVE PSYCHEDELICOなどにも共通したものを、僕は感じる。
因みに僕の友人である30代前半のギタリスト君は、70年代ロックしか聴いたことがないという。
1967年にCCRが“信念をもって清らかな水を甦らせる”と、ロックの原点回帰を提言してから実に30年近くの時を経て、今度は彼等が60年代~ロックを熱くリスペクトしてくる!

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かくいう僕は僕で“大人になれないオヤジのロック”と称して、ひたすら70~80年代ロックをリスペクトし続けているのである。
ライク・ア・ローリングストーン!
いや、もはやロックは“ころがらない石”と化し、アカデミズムへと突き進んでいるのだろうか?
ビートルズの“バイオリン・アレンジ”が街に流れる現代において、ロックはクラシックとなってしまったのか?
それは多分、この歴史が止まらないかぎり……。
つまり文明が崩壊しないかぎり、僕らが認識するロックという歴史の坂道を“ころがる石”としてロックは語り継がれるていくということ……。

だから、レニー・クラヴィッツは“ロックの原点回帰”という21世紀の新しいロックなのだろう。

●Are You Gonna Go My Way(Live)

●Believe(PV)

●Is there any Love in your Heart(PV)

●Again(Live)

●Rock'n'roll is dead(PV)

●ガンズ、スラッシュとのライブ・セッション!


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  1. 2006/12/06(水) 20:12:10|
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メタリカ/大人になれないオヤジのロック47。

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さて、アメリカのバンドが続きますがHMの帝王メタリカについて。
前回のガンズ・アンド・ローゼズと並び、僕が聴きながら最も高揚するバンドである。
しかし、あくまでそれは僕の中でであり、ガンズと並べるにはあまりにそのサウンドはかけ離れている。いうまでもなく、スラッシュ・メタルの先駆であり80年代中期にはスレイヤー、アンスラックス、メガデスと共に“スラメタ四天王”とされた。

メタリカは1981年、ラーズ・ウルリッヒ(D)がジェームズ・ヘッドフィールド(G&V)を誘いロサンゼルスで結成。まもなくデイブ・ムスティン(G)(現メガデス)加入。

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83年にサンフランシスコへ拠点を移し、ジェームズの旧友ロン・マクガウニーに替わりクリフ・バートン(B)が加入した。そしてプロモーターのロン・クインターナが考案したメタル新雑誌名“METALLICA”を譲り受けメタリカとしてデビューした。

83年、ファースト・アルバム『血染めの鉄槌(Kill'em All』。
84年、『ライド・ザ・ライトニング(Ride the Lightning)』。
86年、『メタル・マスター(Master of Puppets』。
88年、『メタル・ジャスティス(And Justice for All)』。

僕はこの4枚まで聴いていた。
ファースト・アルバムは名実ともにごんごんのスラッシュ・メタルであったが、セカンド・アルバム以降ベースのクリフ・バートンの影響で、縦乗りな中に叙情性が加味されイギリス的でプログレッシブなエッセンスが加わる。
その音楽性がピークを迎える『メタル・マスター(Master of Puppets』はHM史上屈指の名作であり、『メタル・ジャスティス(And Justice for All)』では反戦をうたった“One”という名曲が生まれ、90年にはグラミー賞を獲得。
世界中のアルバム・セールスは9000万枚に昇り、6度のグラミー賞に輝き、過去10年間でビートルズ、マドンナをも凌ぐビッグ・バンドでもあり、現在も圧倒的なコンサート動員数を誇る。

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傑作『メタル・マスター(Master of Puppets』でメタリカ・サウンドが強固に確立するも、残念ながらその功労者であるクリフ・バートンがスウェーデン・ツアー中のアイス・バーンでのバス事故により、86年9月27日、帰らぬ人となる。享年24歳だった。
そのショックからか続く『メタル・ジャスティス(And Justice for All)』では、ベース音がない、あるいはドラム・サウンドが打ち込みではないか? などと物議を醸した。

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今、『メタル・ジャスティス(And Justice for All)』を聴きながら書いているのだが、確かにベース音が不在なような気がする……。
86年以降、頻繁に来日しているが残念ながら、僕はライブ経験のないバンドでもある。
だが、ベースのジミ・ヘンと賞賛されるクリフ・バートンのフィンガー・ピッキングによる高速ベース、ステージ・アクションは強烈で、ベルボトム・ジーンズ姿で観客のヘッド・バンキングを徹底して呷るその姿が見られないことは非常に残念だ。

そして、彼等のドキュメンタリー映画『真実の瞬間』(2005年日本公開)も、今最も観たい映画の一つである。
まあ、メタリカは聴くにも観るにも、体力が必要だけどね!

●ベースのジミ・ヘン! クリフ・バートンの勇姿! for Whom the Tolls(85Live)

●One(PV)

●Ride the Lightning

●Disposable Heros(86Live)

●Master of Puppets(88Live)

●御存知シイ・リジィのWhiskey in a jar(PV)

●Nothing else matters(04Live)


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  1. 2006/12/05(火) 15:50:01|
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ガンズ・アンド・ローゼズ/大人になれないオヤジのロック46。

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満を持して!(そうでもないか?)
ガンズ・アンド・ローゼズ!!
80年代終わりから90年前半まで、最も魅力的で世界的な成功を納めたHRバンドである。
そして、最も“危険なバンド”でもある。

ロック史上、この上もなく独裁的で破滅型なアクセル・ローズ(V)と、トレイシー・ガンズ(G)が中心となり1985年に結成された。バンド名の由来もこの二人の名前からきている。
まもなくトレイシー・ガンズは脱退し、後にL.A.GUNSを結成する。
これまた破壊的な、バンド・メンバーの入れ替わりについては比較的新しいバンドでもあるし、御存知の方も多いと思うので割愛します(興味あるかたはこちらで)。

僕が当時初めて彼等の映像&音を聴いてぶっ飛んだことはいうまでもない。
まず、スラッシュ(G)のスタイルだ!
低い位置にかまえたレスポール、煙草、ファッション、ヘアー・スタイル、どこから観てもジミー・ペイジである。

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折しも80年初頭からの世界的なHMブームとそのシーンの衰退を通過して90年代に突入しようという時期である。無限の如く放出し続ける溶岩は打ち寄せる波によって冷めきってしまい、灼熱の頃をただ語り継がれるだけの黒い塊の存在となってしまった。そんな時期なのである。
そこにあえて、このスタイル! である。思わず笑ってしまうほどだった。

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そしてそのとなりの何やら、やたらと暴力的かつ繊細そうなオーラを放つ優男のアクセルを目撃したときの衝撃は鮮烈過ぎた。それは旧来のHRでもないし、HMでもないガンズという新ジャンルを発見したような気がしたものだ。
実は訳あって、僕は80年代終わりといえばちょいとHR/HMから離れていた時期だった。
にもかかわらず、以下のアルバムだけは聴きまくった。

1987年 Appetite For Destruction (アペタイト・フォー・ディスクトラクション)
1988年 GN'R Lies (GN'R ライズ)
1991年 Use Your Illusion I (ユーズ・ユア・イリュージョン1)
1991年 Use Your Illusion II (ユーズ・ユア・イリュージョン2)
1993年 The Spaghetti Incident? (ザ・スパゲティ・インシデント?)


今、『GN'R Lies』を聴きながら書いているが改めてこの特異なガンズというジャンルが、実はアクセル・ローズというジャンルであることに慄然とする。いにしえのロッカー達のエキスを羊水にして生まれ落ちたのではないかと思うほど、あまりにロックな声色。低域から高音シャウトを変幻自在に操る確かなテクニック。ステージ・アクション。破天荒なライフ・スタイル!
問題なのは、この“厄介者”アクセルは理屈を超えたところに“カッコいい!”が存在することだ。短絡的だが間違えなく彼には“カリスマ”が存在している。
ロックにおける“ヒーローの条件”とは、我々の日常、あるいは理性を超えたそのスター性に“羨望”するものであり、つまり彼等がステージという非日常で代弁してくれる行為への“憧れ”である。
そんな適性を満たした奴らが80年代後半に、アメリカから彗星のように世に現れ世界を揺るがしたのだからたまったものじゃない! 
しかも、『Appetite For Destruction』のたった一枚で……。

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さて、その暴挙が留まることを知らないこの天才アクセル(本名William Bruce Bailey, 1962年2月6日生)は、相変わらず健在のようで今年2006年になっても友人宅パーティで大乱闘、6月にはストック・ホルムのホテルでガードマンの足に噛みつき、ロビーの鏡を割り逮捕……、しかし、どうしようもない無法者である反面、世界一優しい面も持ち合わせるともいわれ、典型的な双極性障害だとされる。
だが、そのネガティブな部分は幼くして義父に受けた性的虐待が原因だとされる。

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「どうして、みんなが自分から離れていくのだろう?」と呟き、極度に落ち込むこともあるようで、実際ガンズは現在アクセルだけとなり、アルバム制作中といわれながら既に10年以上経過している。
この性格破綻な天才ヴォーカリストの影響力はいうまでもなく、日本のB'zの稲葉浩志やTOKIOの長瀬智也がリスペクトしているが、スカートはけばいいってもんじゃないぞ! とだけいっておく。

それにしてもガンズを聴いていると体中の血が高揚する。
当時、Appetite For Destructionを車で聴きながら第三京浜を走っていた。
♪Welcome to the Jungle~♪ な~んて、口ずさみながらね!
そんなとき、忘れもしないGTR野郎に無謀な追い越しを仕掛けられた。
そりゃもう僕は我を忘れてどこまでもアクセルを踏み込み相手を追いかけたよ。
そして、となりで家内が悲鳴に近い呻きを発した。
我に帰った僕は青くなったね。
もう、すぐ眼の前に保土ヶ谷料金所が迫っていたのだ。
幸い、何とか減速し、命拾いした……。

今一度いおう。
ガンズ・アンド・ローゼズは最も“危険なバンド”である。

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●Welcome to the Jungle(Live)

●Sweet Child o' mine(PV)

●Nighttrain(92Live)

●Patience(PV)

●You could be maine(映画T2PV)

●Garden of Eden(PV)

●Double Talkin Jive(Live)


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  1. 2006/12/01(金) 16:02:29|
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