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アルバート・キング/大人のギタリスト講座19。

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エリック・クラプトンスティーヴィー・レイヴォーンマイケル・ブルームフィールドジミ・ヘンドリックスにまで敬愛され、模倣されてきたロックの元祖。

名前こそ知っていても、さすがに僕も聴いたことがありません。
しかし、ロック、R&B、ソウルといった異質な音楽を融合させた先駆として、また上記アーティストたちのへの影響力など、知らずに通り過ぎるわけにはいきません。
是非、一緒に勉強してみましょう。

「アルバート・キングはスタンバってヒートしたアンプさえあれば、エディ・ヴァン・ヘイレンだって吹っ飛ばせるぜ!」(ジョー・ウォルッシュ/イーグルス談)

アルバート・キングは、1923年4月25日、米国ミシシッピー州インディアノーラに生を受けた。
義父のウィル・ネルソンの影響で、音楽に親しむ環境で育った。
だが、その義父が弾くギターに興味を抱いても、ギターにさわることは許されなかった。
1929年、6歳になった彼は壁にレンガを貼付け、ワイヤーを張ったものを使ってギターまがいに弾きはじめたという。

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アルバート・キングが、初めてブルースに出逢ったのは、アーカンソー州フォレスト・シティの公園での、ブラインド・レモン・ジェファーソンのステージだった。
衝撃を受けた彼は、その後ピアニストのメンフィス・ミーニーのショーを観るべくクラブに潜り込んだ。
そうしてブルースにのめり込んだ彼は、ライオニン・ホプキンス、ロニー・ジョンソンエルモア・ジェイムスハウリン・ウルフサニー・ボーイ・ウイリアムソンなどのレコードを聴き漁るようになる。

聴けば聴くほどにブルースに魅了された彼は、シカゴ・ブルースのリトル・ウォルター、デルタ・ブルースのサン・ハウス、カンサス・シティ・ブルースのビッグ・ジョー・ターナーと、ブルース・ミュージックの深淵にハマり込んでいく。
そんななか、Tヴォーン・ウォーカーの“Stomy Monday”が、彼に最も大きな衝撃を与える。

「彼のフレーズやテクニックを真似するなんて、とうてい無理だったよ。同じ弦を使っても、他のことをやらなけりゃ勝負にならないと思ったよ。だから、俺は弦を思いっきりきしませたサウンドに目覚めていったのさ」(アルバート・キング談)

実際、彼はTヴォーン・ウォーカーの演奏をコピーしようと必至で練習したが、あまりの難しさに欲求不満の塊のような、まったく別のスタイルにしかならなかった。
1939年16歳になったアルバート・キングは、旅人相手の宿屋でブルース・ギタリストとして働きはじめる。

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彼の最初のギターは、先述したように壁とレンガに一本のワイヤーをくくりつけたものだったが、その後葉巻の箱に若木から削り出したネックを付け、ホウキを束ねていたワイヤーを弦に利用した。
アルバート・キングが、憧れのギターを手にしたのは1941年18歳のときに、ガール・フレンドを映画に誘う金がほしかった友人から1.25ドルでせしめたギルド製の古いアコースティックだったという。
その後、125ドルで手に入れたエピフォンのギターとアンプを、1958年最初のギブソン・フライングVを手にするまで使用した。
左右対称でネックの上部を遮るものがなく、上限まで押さえられるフライングVは変則プレイを信条とするアルバート・キングには理想的なギターであり、友人のコメディアン、ルシール・ポールにちなんで“ルーシー”と名付け、生涯、彼のトレード・マークとなった。
しかし、1974年ダン・アールウィンから、1980年ラドレイ・プロコポウから、そして1988年65歳の誕生日にはZZトップのビリー・ギボンズらからカスタム・モデルのフライングVを贈られてからは、オリジナル・フライングVは使わなくなった。
アルバート・キングはピックを使わないことでも有名で、使用弦はブラック・ダイヤモンドの高音3弦はライト・ゲージ(ただしGは巻弦)、低音3弦はミディアム・ゲージだったとされる。

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いくつかのバンドを経験し、シンガー、ドラマーとしても活躍したが、リズム感を養うことにしかならないドラムに見切りをつけ、ブルースはもとよりジャズ・ギターへも傾倒した。
1953年、シカゴへ移りバロット・レーベルで最初のレコーディング。
1956年、セントルイスを拠点とするロビン・レコードと契約。
1961年、“Don't Throw Your Love On Me So Strong”が初ヒット。R&Bチャート14位にランク・イン。
1965年、スタックス・レコードとの契約により成功への道を歩みはじめる。
この頃、トランペット・プレイヤーから様々なキーについて学び、1970年代には自らのバンドのホーン・セクション・アレンジのため、音楽理論も学んだ。

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アルバート・キングが開発した独自のスタイル、フレーズはエリック・クラプトン、スティーヴィー・レイヴォーン、ビリー・ギボンズ、ジミ・ヘンドリックといった多くのギタリストに真似されてきた。それは“歌うアプローチ”と表現され、フレーズをヴォーカル・ラインのようにイメージし、演奏するコール・アンド・レスポンスとして、コードを弾かずヴォーカルとほぼ同じラインを、シングル・ノート・ラインで追いかけるというものであった。

「彼とB.B.キングがフィルモアでジャムったのを観たけど、凄かった。完璧にB.B.を喰っちまってね。巨大なアコースティックのアンプで、そりゃもう爆弾が爆発するような音だったよ。」(マイク・ブルームフィールド談)

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彼は左利きでありながら、右利き用のギターと同じように弦を張っていた。
ゆえに高音弦が上に、低音弦が下に位置したため、高音弦のチョーキングは押し上げるのではなく引き下げることで、ダブル・ノートのまま2弦同時にチョーキングしたりと、よりアグレッシブなチョーキングやヴィブラートを可能にした。スケールはほんとんどがマイナー・ペンタトニックであったが、スタンダードなスリー・コード進行や、8・12・16小節といったブルース進行に固執することなく、トーンや“間”を強調するために早いラインもほとんど使わなかった。
また、Emの6弦をCに下げた「C.B.E.G.B.E低音~高音」、あるいは「E.E.B.E.G#.C#低音~高音」といった変則チューニングを好んで応用した。
ピック・アップはミックス・ポジションを好みトーン・コントロールとリアPUのヴォリュームをフル・アップにし、フロントPUのヴォリュームはその都度フィットするところに調節する方法を用いた。

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「ブルースをプレイすることが、俺の選んだ人生だった。そしてその選択をしたとき俺は3つのことを自分に課したんだ。ブルースを弾き、ごまかしはやらない、ギグは断らないってね」(アルバート・キング談)

6フィート4インチ、今でいうボブ・サップと同様の巨漢の持ち主であったアルバート・キングは、1992年12月21日メンフィスで心臓発作により急逝する数日前まで、ロサンゼルス郊外で公演活動を続けた……。



●Albert King - Move to the Outskirts

●The Doors featuring Albert King: Fever (Live)

●Albert King Fillmore East, 9.23.70

●KING & VAUGHAN PLAY STORMY MONDAY

●Journey- PBS Special '78

●albert king - free jazz

●Albert King & Blues Breakers - Stormy Monday

●Gary Moore - Oh Pretty Woman

●Albert King - The Sky is Crying

●Albert King - Live Sweden 1980

●Albert King in Japan 1989 "I'll Play The Blues For You"

●Albert King & Gary Moore- Stormy Monday '90

●The King





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テーマ:YouTube動画 - ジャンル:音楽

  1. 2007/07/17(火) 19:35:42|
  2. 大人のロック。
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

サウスポー

こんばんわ!
キングというとクリスタル・キングを思い起こす者です(^^)

アルバート・キングって左利きだったんですねぇ。
”スタンド・バイ・ミー”はベン・E・キングでしたっけ?
BBと並んでこの3人はブルーズ・ギターの歴史に
欠かせないようですね。

ゲイリー・ムーアあたりと共演していたとは知りませんでした!
  1. 2007/07/17(火) 20:53:27 |
  2. URL |
  3. JIM #mQop/nM.
  4. [ 編集]

Re:サウスポー

J I Mさん

>こんばんわ!
キングというとクリスタル・キングを思い起こす者です(^^)

おお、懐かしいクリキン!(笑)
あのハイ・トーンと演歌調のツイン・ボーカルは革命的でした!

>アルバート・キングって左利きだったんですねぇ。
”スタンド・バイ・ミー”はベン・E・キングでしたっけ?
BBと並んでこの3人はブルーズ・ギターの歴史に
欠かせないようですね。

いや~、キング三大巨頭、僕も勉強しています。。

>ゲイリー・ムーアあたりと共演していたとは知りませんでした!

ゲイリーは、最近どっぷりブルースにハマっているようですね。
なかなか、カッコイイPVだと思います!
  1. 2007/07/24(火) 11:37:13 |
  2. URL |
  3. noodles2 #-
  4. [ 編集]

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