1. 無料アクセス解析


logo_black.gif

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

カルロス・サンタナ/大人のギタリスト講座23。

00santana.jpg
携帯用画像はこちら


盆明け、都会にはまた人々が集まってきました。
いよいよ、秋の気配漂う今日この頃ですが、まだまだ暑いです!

暑いといえば、熱いラテン・フレイバーをブルース、ジャズ、ロックに昇華させ、1969年のウッドストック・フェスティバルで衝撃的なデビューを果たした伝説のギタリスト、カルロス・サンタナにスポットをあててみたいと思います。

「カルロス・サンタナは、僕のリストの上位にランクされるけど、ピュアな精神性と情緒性からいったら、彼がナンバー・ワンだよ」(エリック・クラプトン談)

1947年7月20日、メキシコ、オートランテ・デ・ナヴァロにて、カルロス・サンタナは生を受けた。

カルロスが5歳のときに、マリアッチ・バンドのヴァイオリニストだった父ホセ・サンタナは、彼にヴァイオリンを教えはじめた。
だが、ベートーヴェンやヴォン・スッペの“詩人と農民の序曲(Poet and Peasant Overture)”といったクラシック・ミュージックの練習は、幼いカルロスには退屈なものだったという。

そんなカルロス少年が、父親が所有するナイロン弦のアコースティック・ギターへと興味が移るまでさほど時間はかからなかった。父や兄から教わったメキシカン・フォーク・ソングの基本コードでの練習に明け暮れ、譜面は読めなかったが、『スケールとメロディの法典』といった音楽理論書を何冊も読みふけった。

1958年11歳のとき、ティファナでボビー・ブランドレイ・チャールズB.B.キングリトル・リチャードなどのコピー・バンドを観てロックン・ロールに目覚める。
この頃、父親はカルロスに最初のエレクトリック・ギターを贈っている。
カルロス・サンタナの朧げな記憶によれば、それはギブソンの古いフルアコ・ボディのギターだったとされる。

1962年、サンフランシスコに移住。
ここで白人ブルース・アーティスト、ポール・バターフィールドやクリームの音楽を知ることとなり、特にクリーム『Fresh Cream』から多大な影響を受けた。
さらに、マディ・ウォーターズリトル・ミルトンオーティス・ラッシュジミー・リードといったトラディショナル・ブルース・アーティストや、ジェイムズ・コットンリトル・ウォルタージュニア・ウェルズなどのハーモニカ・プレイヤーにのめり込み、近年で最もカルロスに影響を与えているブルース・ギタリストは、スティーヴィー・レイ・ヴォーンである。

1960年代後半、カルロス・サンタナはジャズに傾倒するようになる。
ジョン・コルトレーンチャールズ・ロイドマッコイ・タイナーセロニアス・モンクマイルス・デイヴィスジョン・ハンディーなどのジャズ・プレイヤー、ウェザー・リポートザ・クルセイダーズなどのジャズ・バンドを好んで聴いた。

またジャズ・ギタリストでは、チャーリー・クリスチャンジャンゴ・ラインハルト、実際にクラブへ足を運んで聴いたウェス・モンゴメリーハーヴィー・マンデルも彼をジャズの虜にした。

1966年24歳のとき、フィルモアでポール・バターフィールドを観て、知り合いだったキーボード奏者のグレッグ・ローリーと最初のバンド、カルロス・サンタナ・ブルース・バンドを結成。この頃、1963年製ギブソンSGを使っていた。
蛇足ながら、1973年にはカルロスに見いだされたニール・ショーンとグレッグ・ローリーがジャーニーを結成することとなる。

02santana.jpg
携帯用画像はこちら


1968年、『The Live Adoventures of Mike Bloomfield And Alkooper』で、レコーディング・デビュー。
この頃には、1968年製ギブソン・レスポールを入手。

1969年、コロンビア・レコードと契約。
デビュー・アルバム『Santana』をひっさげて、ウッドストック・フェスティバルに登場。このときLSDによりトリップ状態だったことを、後年告白している。
ここでの使用ギターは、60年代後期と思われるギブソンSGだった。

01santana.jpg
携帯用画像はこちら


1970年代初頭、トーン・バリエーションを得るための6ポジションからなるロータリー・スイッチをマウントしたギブソンL-6Sを使用。
後年、ヤマハと契約したカルロスは、複雑なカスタム・インレイが施された、2ハム・バッカー・ピック・アップ、ダブル・カッタウェイのソリッド・ギター、ヤマハSG-2000を使うこととなる。

06santana.jpg
携帯用画像はこちら


1970年代後期になると、ジョン・マクラフリンジョージ・ベンソンパット・マルティーノを好んで聴くようになる。

1973年、伝道師スリ・チンモイのスピリチュアル・ライフを実践。ジョン・マクラフリンとのコラボ『Love Devotion Surrender』発表。

「神から授かったものを、自分のサウンドや個性にすることに、相変わらず苦労しているけど、常に自分を超越したところに置くことができれば、何をプレイするかなんて関係なくなるんだ」(カルロス・サンタナ談)

05santana.jpg
携帯用画像はこちら


カルロス・サンタナにはヴォーカルをフィーチャーしたヒット曲が多いが、これはジョニー・マティスアレサ・フランクリンディオンヌ・ワーウィックマーヴィン・ゲイなどのレコードに合わせて弾き、ヴォーカル・ラインを自分のプレイに写し取る訓練を積んだ成果である。

「アレサ・フランクリンを聴くと、出てくる音がそりゃ凄くて、全身に鳥肌が立つほどカッコいいんだ」(カルロス・サンタナ談)

また、ロック・アーティストからの影響はほとんどないが、ビートルズヤード・バーズ、エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックスは唯一の例外だったとされる。

カルロス・サンタナといえば、ラテン、アフロ・キューバン・リズムのテイストが欠かせない。これはガボール・ザボや、ブラジルのギタリスト、ボラ・セテ、フラメンコ・ギタリストのパコ・デ・ルシアといったスパニッシュ・ギタリストや、ボブ・マーレーからの影響が強いという。

03santana.jpg
携帯用画像はこちら


1980年代、ポール・リード・スミスの1979~1981年製造のギブソンPAFハムバッキング・ピック・アップ搭載モデルを使うようになる。
使用ピックは大型の三角形のものを好み、 使用弦は1970年代後半には「.008 .011 .014 .024  .032 .042」のゲージを使用。1980年代からは、アーニー・ボール及びダダリオの「.009~.042」のセットを使っている。

04santana.jpg
携帯用画像はこちら


このように彼の音楽には、ソリッド・ボディーのデュアル・ハムバッカーから得られる分厚い、サスティーンの効いたサウンドが欠かせない。
メロディアスなシングル・ノート・ラインからつぐみ出される、メロディのストーリー性を強調する彼のプレイは、ペンタトニック・マイナー、ブルース・スケール、ダイアトニック・モード、ドリアン・モードを基調としながら、ハーモニック・マイナー・スケール、アルペジオ的なメジャー・トライアドを駆使し、ジャズ・サックスのフィーリングも垣間見せてくれる。

そして特筆すべきは、ときに1分にも及ぶサスティーンである。

「まず、自分とアンプをつないでいるヘソの緒を探すことさ。弦を弾いたらすぐに自分とスピーカーの間の音波を感じて、それをキャッチする。ちょうど2台の列車を連結するみたいにね」(カルロス・サンタナ談)

最初のレコーディングでは、フェンダー・ツイン・リヴァーブが使われたが、それ以前の使用アンプは残念ながら詳細は証されていない。
1970年代中期には、兄の薦めでメサ/ブギーを使いはじめる。

「兄のホルヘが、このアンプ試してみろよって持ってきたんだ。使ってみたら気が狂ったみたいにサスティーンが効くし、音はピュアだし、それ以来兄貴に返すのはやめたよ」(カルロス・サンタナ談)

またステージでは、ディストーションを効かせたバッキング用に、マーシャル100Wを使うこともあり、ヘッドはアルテック12インチ・シングル・スピーカーを入れた背面開放型の小型キャビネットで鳴らしている。

「小道具(エフェクター)って、みんな同じサウンドになってしまうだろ? そんなものじゃなくエモーションが全てを生み出す源なんだ」(カルロス・サンタナ談)

そう公言してはばからないカルロス・サンタナの数少ないエファエクターには、アイバニーズもしくはボスのコーラスと、モーリーのワウ・ペダルというシンプルなものである。

08santana.jpg
携帯用画像はこちら


親日家として知られる彼は、日本との関わり、エピソードも数多い。
あの高中正義もカルロス・サンタナの熱狂的な支持者で、高中もヤマハSG-2000を使用し、1981年には高中・サンタナのジョイント・コンサートも開催された。

また、初来日公演の模様が1974年『ロータスの伝説』として発表され、このアルバム・ジャケットは、カルロスが“魂の兄弟”と敬愛する、横尾忠則氏デザインによる22面に及ぶ驚異的なものである。
世界的なヒットを記録した“哀愁のヨーロッパ”が収録された1976年の名アルバム『アミーゴ(Amigos)』のアルバム・ジャケットも横尾忠則のデザインであった。

 
【送料無料】サンタナ/ロータスの伝説


サンタナ/「アミーゴ!」同胞

僕にとってカルロス・サンタナといえば、なんといっても1970年発表の『天の守護神』からのシングル“ブラック・マジック・ウーマン”である。
当時ライブで聴いたというより、フリートウッド・マックのピーター・グリーン作詞・作曲のこのカヴァーは世界的なヒットもあって、いまだにローテーションされる名曲である。
ラテン特有の打楽器をメインにしたアレンジ、キーボードの効果的なグルーブ、そして独自のタメが印象的なカルロスのギター・ソロ!

カルロス・サンタナは、ロック史上に“ラテン・ロック”という新たなる境地を築いたギター・ヒーローである。



●Santana - Soul Sacrifice (Woodstock 1969)

●Carlos Santana-Black magic woman

●SANTANA - Treat (1970)

●Carlos Santana - Song of the Wind

●Incident at Neshabur

●Oye Como Va - Carlos Santana Chester Thomson

●Santana - Hold On

●SANTANA & JOHN McLAUGHLIN

●Carlos Santana & Los Lonely Boys

●Carlos Santana - Maria Maria

●Santana & Clapton - Jingo

●Carlos Santana & Jeff Beck! Live in Japan!

●Santana - Europa (Live in Tokyo, 1991)

●Carlos Santana & Steven Tyler - Just Feel Better

●Carlos Santana & Mana





Blog Ranking ←Click! We Love “ROCK”!!

テーマ:YouTube動画 - ジャンル:音楽

  1. 2007/08/21(火) 19:10:39|
  2. 大人のロック。
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:4
<<ブルー・オイスター・カルト/大人になれないオヤジのロック64。 | ホーム | フォリナー/大人になれないオヤジのロック63。>>

コメント

初めまして!
サンタナかっこいです。彼のギターソロは泣けますね!!
すごいテクニックではなく、基礎的なことでプレイしている。そういうギタリスト好きです。
まだ始めたばかりですが、ギターもやっています。
中3ですが、周りにサンタナ好きなやついません。悲しいです・・・
これからもどんどん利用しますので、よろしくお願いします。
  1. 2008/07/25(金) 17:43:47 |
  2. URL |
  3. ドラさん #-
  4. [ 編集]

ドラさん

>初めまして!

こちらこそ、はじめまして!
ご訪問&コメント感謝致します。

>サンタナかっこいです。彼のギターソロは泣けますね!!
すごいテクニックではなく、基礎的なことでプレイしている。そういうギタリスト好きです。
まだ始めたばかりですが、ギターもやっています。
中3ですが、周りにサンタナ好きなやついません。悲しいです・・・
これからもどんどん利用しますので、よろしくお願いします。

ありがとうございます。
日本ではサンタナのシンパとして、サディスティック・ミカ・バンドの高中正義が有名です。
で、高中が念願叶って、サンタナとジョイントしたとき、実はサンタナの方が早弾きだった! という有名な逸話があります(笑)。

また、遊びに来て下さいね♪
  1. 2008/07/29(火) 13:01:46 |
  2. URL |
  3. noodles2 #-
  4. [ 編集]

ホルヘは弟ではなかったですか?
  1. 2010/04/02(金) 14:21:24 |
  2. URL |
  3. XXX #-
  4. [ 編集]

Re: タイトルなし

XXXさん

> ホルヘは弟ではなかったですか?

ご訪問・コメントありがとうございます。
古い資料には兄となっており、誤りでした。
ご指摘、ありがとうございました。
  1. 2010/05/11(火) 18:57:26 |
  2. URL |
  3. noodles3 #-
  4. [ 編集]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://bosssikirock.blog79.fc2.com/tb.php/101-e45bb05c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

横尾忠則

横尾忠則横尾忠則(よこおただのり、男性、1936年6月27日 - )は、兵庫県西脇市生まれの美術家、グラフィックデザイナー。神戸新聞社にてグラフィックデザイナーとして活動後、独立。1980年7月にニューヨーク近代美術館にて開催されたパブロ・ピカソ|ピカソ展に衝撃を受け...
  1. 2007/09/07(金) 06:18:48 |
  2. らんの部屋

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

Contents

全ての記事を表示する

プロフィール

noodles2

Author:noodles2
ブラックストライプへようこそ!
ロックとロックな生き方を愛し、模索する1957年生まれ。
大人になれないオヤジのロック・レビューです。


↓ここのTシャツがお気に入り!


デザインTシャツ人気ランキング

FC2カウンター


無料カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:
無料カウンター

カテゴリー

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。